美空ひばりさん
明日、6月24日は美空ひばりさんの15回忌になります。
彼女の訃報を聞いたのは、十勝の音更町に向かう途中の道道でした。暑い日で、見渡す限りのレントコーン畑の路肩でカーラジオからのアナウンスを呆然として聞いていたのを思い出します。
石切山は1955年から1960年の間のことと思うけど、ひばりさんが川田晴久一行と札幌の松竹座(今のススキノエンペラー)に公演にきたときに、最前列で伸び上がって、彼女との初対面をはたしています。子供心に天才だと思いました。それ以来のファンです。しかし、我が家は芸能関係はきらいな両親、特に母親は唄は大嫌い、という不幸な星の元に生まれたため、堂々と美空ひばりファンでいることはできませんでした。
そのうちに、神戸の山口組組長との交友や、弟たちの素行などで、ひばりさんは世間のバッシングの対象になります。極めつけはNHKが世間とエセ文化人のバカどもの抗議に押されて、NHK会長が美空ひばりさんをテレビ・ラジオへには出演させないことを決定しました。これは許されません。石切山は思います。「芸人」というのは芸が優れていればいい、と思います。芸というのは非常識、非日常、あるいは非道徳的な何かを演ずるから共感を得て支持されるのです。その芸人がヤクザな弟がいて、それをかばったということで、マスコミから抹殺するというのはどういうことでしょう。本人に罪はありません。これはマスコミの暴力ですね。美空ひばりさんは「家族を護るのがどうして悪いのでしょう」と逆にNHKに決別宣言をしました。この時点で石切山も「隠れひばりファン」をやめて、ひばりさんを擁護することにしました。それ以来、ひばりさんに詫びていないNHKを非難し続けています。中でも彼女を干したNHKの「紅白歌合戦」は見ていません。最近、NHKは「美空ひばり」の特集などをするようになりましたが、その資格はNHKにないと石切山は思います。
さて、NHKと世間のバッシングに遭った彼女を救ったのは「テレビ朝日」でした。NHKの紅白に対抗して「美空ひばり」の唄番組を裏番組としてぶつけたわけで、NHKが美空ひばりさんの出演禁止を解除するまで、この対抗番組は3年間続きました。美空ひばりさんを援助したのが、民放でした。今の民放はいろいろとほころびがでてくだらないメディアになっていますが、このときの「テレビ朝日」態度は評価します。
美空ひばりさんはたくさんの名曲を唄った人でしたが、石切山が好きな曲はジャズのスタンダード曲である「トゥーヤング」と「津軽のふるさと」です。とくに「津軽のふるさと」は、曲の構成が独特で、とんでもなく完成度高い楽曲につくられています。1966年の吹き込みです。そして、彼女が出演した映画 「唄祭りひばり七変化」「たけくらべ(新東宝、新芸プロ)1955/08/28」「 大当たり狸御殿(東宝)1958/02/26」が好きです。(^^)
ひばりさんが亡くなって明日で15年です。本当にすごい芸人(日本の宝)を失ってしまったとつくづく思います。合掌。
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